昼なお暗いスラム街の一角。
トシマからCFCサイドに数区画離れた街だが、その地理的隔壁はあまり意味をなさず混沌とした空気はさして変わらない。
薄汚れた道を一台のメルセデスが走る。
その車はこの街に住む誰もが無理やりにでも手に入れたい代物だったが、車の所有者を恐れ手を出そうとする者は一人も居なかった。
トシマを取り仕切る非合法組織。いわゆるマフィアというやつだ。
昔、金に苦しむ末期のヤク中に一度盗まれたことがあったが『何故か』その車の下敷きになって見つかったことがあった。
まぁ、そのちょっとしたいわく付きの車がこの街に一つだけ存在している高級レストランの前で停車したのだった。

「全く、酷い場所だ。あの若造何を考えとる」
銃を持った護衛がドアを開けると、グレーのスーツを来た初老の男がブツブツ文句をいいながら降りてくる。
白髪交じりの髪をふんわりと後ろに撫で付けており、髭はきっちり整えられている。
「これはこれはミスター、お待ちしておりました」
白スーツに身を包んだ仮面の男が店から出て来るやいなや、仰々しくお辞儀をする。
ニッコリと笑みを湛え、握手を求めたが初老の男は握手に応じず汚い物を見るように顔をしかめた。
「こんな場所しか用意できんのか、ヴィスキオも大したことはないな」
「まことに申し訳ございません…味には自信があるのですがね」
「フン、まあいい。」
老人は詰まらなそうに鼻をならしたが、隣のシートに座っていた男に向き直ると目を細め顔を綻ばせる。
「さあ、降りておいでグンジ」
「あーい」
大きな外車から窮屈そうに腰を屈めて降りてきた青年は立ち上がると老人の隣に並んだ。
2メートルはあるかという細身の長身は、小柄な老人と並ぶと頭3つ分は違う。
綺麗に染められた金髪は前髪をヘアピンで留め、身体のわりに小さくて白い顔を露出させている。
服装は派手で、黒いスーツの上に豪華なファーコートを纏い、シルバーのネックレスに大きな宝石の付いた指輪をジャラジャラと付けていた。
「ささ、どうぞこちらへ」
アルビトロの案内でレストランに通されると、1番豪勢な席につく。
「それにしてもお美しいお連れ様で。本当に趣味がおよろしい」
席につくなりアルビトロは老人の隣にどっかと座った青年を褒めた。
「グンジはこう見えても地下格闘技のチャンピオンでな。ボディガードとして雇ったのだが着飾らせてやるとこれがまた…ん?」
「なーなーパパぁ」
アルビトロの世辞に初老の男が嬉しそうに話し出すが怪訝な顔をしたグンジが黒いスーツの裾を引っ張る。
「どうした?グンジ」
「コイツ変な仮面だと思わねえ?」
グンジの一言に、揉み手をしていたアルビトロがピタリと動きを止める。
「ははは、お前は正直者だな」
初老の男がよくぞ言ったというように笑う。
「だってマジで変だって。他の奴もそう思ってるよなぁ?」
プルプルと震えるアルビトロの背後からまた笑い声が上がる。
「ククク…確かに変な仮面だよなァ」
「キリヲッ!お前まで笑うな!!」
目を吊り上げるアルビトロに部下達が静まり返る。
ただキリヲと呼ばれた、護衛の中でも群を抜いて大柄な男だけがまだ笑っていた。
「…コホン!ところで例の件…了承して頂けましたか?」
「ああその事か」
「はい、トシマを譲って戴けるという…」
「その話は、無しだ」
「は?」
「だから無かった事にする。今日はそれを言いに来た」
「……こちらもそれなりの見返りは用意しておりましたが…それでも反故にするおつもりで?」
「あの程度の金額ではトシマはやれんということだ。…おい、帰るぞ」
男は席を立つと、ガチャガチャと音を立てながらまだ料理を食べていたグンジの肩に手を置いた。
「むぐぐ…もー帰んの?まだ食い終わってねー」
「うんうん、帰りにもっと旨い料理を食わせてやるからな」
デレデレと鼻の下を伸ばす男の手を振り払ってグンジは席を立つと、入り口を固めているアルビトロの部下達の前までゆっくり歩いていった。
立ち込めるお互いの殺気にレストランに緊張感が走る。
「おーいそこのクソジジ〜」
身構えるアルビトロの部下達を通り過ぎ、キリヲの前までやって来ると地面に唾を吐いて下から睨み上げる。
「誰がクソジジイだァ?」
「お前だっつ−…いーカラダしてるよなぁ、上半身にガッチリついてるってことはボクシングか?何処らへんで闘ってた?まさかブラスターとかそういうガキの遊び場じゃねぇよなあ」
「オメーもいい身体してんなァ…」
「あ?」
違う意味を含んだ言い方にグンジがピクリと反応する。
「ソレってさー…俺もことナメてんの?マジむかつくぜ…!!」
目にも止まらぬ速さでキリヲの顔面にパンチを繰り出すグンジに部下達が慌てて銃を構える。
しかし、その拳はキリヲの顔面スレスレでピタリと動きを止めた。
キリヲはニヤついた表情を浮かべたまま微動だにしない。
「……おもしろくねー!何で闘らねんだよ!!」
「こんなとこで暴れても何にもなんねえだろォが」
「おいおいグンジ、遊ぶのはそのくらいにしておきなさい。」
口をへの字に曲げて不機嫌になるグンジに初老の男が声を掛ける。
「あーあ、つまんねー…アイツとなら本気で愉しめそうなのになあ」
腕をブンブン振り回すとアルビトロの部下達を掻き分けてレストランを出ると、男と車に乗り込んだ。
「…ミスター…後悔はなさいませんね?」
「考え直すことはない!早く出せ!」
アルビトロが男を見送りながら問うが、彼は全く取り合わない様子で早く出せ、と運転手に合図を送る。
大きなエンジン音を立てて車が発進すると、男の隣に座っているグンジがレストランを振り返った。
その視線の先にはキリヲがニヤニヤと笑っている。
彼らはお互いに見えなくなるまでその姿を見つめていた。









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